ダイコンの交配種のタネとり

  • 文字サイズ

はじめに

最近、「ハイブリッド」という言葉を良く耳にします。ガソリンエンジンと電動モーターの複数の動力を備えたハイブリッドカーが有名ですが、生き物でハイブリッドと言うと、ウマとロバとのかけ合わせのラバのように、種類の違うもの同士から生れたいわゆる雑種を指します。野菜などの品種改良の場面では、優れた性質を持つ種類同士をかけ合せて、ハイブリッドカーのように両方の良い性質を兼ね備えさせようとして作り出されており、交配種、あるいはF1(エフワン)品種と呼ばれています。交配種は更に雑種強勢現象(生産性などの能力が両親のいずれよりも優れている現象)を利用して、固定種(一般種)以上の力強さと揃いの良さも実現されることから、多くの農作物で利用されています。
しかし交配種のタネの大量生産は技術的に大変難しく、そのために種苗会社はいくつかの方法を考えてきました。その一つ、今回ご紹介する雄性(ゆうせい)不稔性(ふねんせい)は、古くから広く自然界に存在していたものを、上手に利用して交配種の大量生産に応用した成功例の一つです。この方法について、ダイコンを例にご説明したいと思います。

雄性(ゆうせい)不稔性(ふねんせい)とは

雄性とは雄しべ、つまり花粉のことです。この花粉が遺伝的になくなっているものを雄性不稔性と呼びます。通常交配種のタネを確実に得るためには、花が咲いて自分の花粉が自分の雌しべに受粉される前に“除雄“作業をしなくてはいけませんが、雄性不稔性の花は最初から雄しべがありません。咲く花の全てが花の構造上雌しべだけになっているので、交配種の種子生産には極めて都合が良いわけです。そして海岸などに自生する野生のダイコン(浜大根)などには、この雄性不稔性があることが古くから知られていました。

海岸などに自生する浜大根。
この性質をかけ合わせによって栽培品種に取り込み、交配種の生産に都合の良い雄性不稔系統を作り上げます。ちなみに浜大根にこの性質が保存されているのは、なるべく自分ではなく他者からの花粉で種子をつけることで遺伝子の多様性を残すためと考えられています。

通常のダイコンの花。4枚の花びらの真ん中に1本の雌しべがあり、その周辺に黄色い花粉を蓄えた雄しべがあるのが分かります。

育成された雄性不稔性のダイコンの花。花びらの真ん中に1本の雌しべが見えますが、黄色い雄しべは確認できません。

花の側面の花びらとがくを取り除いて中を見えるようにしてみました。
左;通常のダイコンの花。1本の雌しべと、その周辺に黄色い花粉を蓄えた6本の雄しべがあります。
右;雄性不稔性のダイコンの花。花の中央に雌しべが1本あるだけで、雄しべは退化していて花粉は全く入っていません。

雄性不稔性を使った交配種の種子生産の実際

採種する畑には、花粉の出ない雄性不稔性の系統(通常雌親系統と呼びます)を列状に栽培し、その列のそれぞれ隣に花粉の出るもう一方の系統(こちらは通常雄親系統と呼びます)を並べて植えます。
それぞれを列状に植えるのは、種子が稔り刈り取り作業をする際に機械が入るようにするためです。

生育状況を確認するスタッフ。

上の畑では紫色の花が咲いている列が雄性不稔性の雌親系統で、白い花が咲いている列が雄親系統です。お互いに花が咲いたときに、雌親系統は花粉が出ませんから、もう一方の雄親系統から花粉をもらって受粉されることになります。

この畑では白色の花が咲いている列が雄性不稔性の雌親系統で、紫色の花が咲いている列が雄親系統です。受粉が終った頃、花粉を供給した雄親系統に稔った種子は交配種ではないのでそれらの株は処分されます。残された雄性不稔性の雌親系統に種子が稔った頃、この畑から採れた種子は全て交配種になっている仕組みです。

受粉が終わり、莢の中の交配種の種子がふくらみ始めている状態。

種子は硬い莢の中に数粒入っています。このように完熟して茶褐色になった莢を収穫機で刈り取り、中から種子をとり出します。

雄性不稔性の採種の難しさ

雄性不稔性を用いた交配種の種子生産は、少ない労力で大量の交配種の種子を生産できる至って便利な方法です。しかし雄性不稔性にもそれなりの苦労はあります。ミツバチは蜜と花粉を集めようとしますが、雄性不稔性の花は花粉がありませんからミツバチにとっては魅力がないものと映るのかも知れません。実際採種中の畑でミツバチの行動を観察してみると、確かに雄性不稔系統はそうでない花粉のある雄親系統と比べてミツバチが訪れる頻度は極端に少ないのです。私たちにとっては、ミツバチが花粉の出ている花と雄性不稔性の花を交互に移動してくれることが理想なのですが、列に沿って花粉のある雄親系統ばかりを直線的に移動されると肝心の受粉が行われず、雌親系統に稔るはずの交配種の採種量が減ってしまいます。このような場合、雄性不稔性の雌親系統と花粉の出る雄親系統との植え方や比率、またミツバチの巣箱の位置などを工夫して栽培することになります。
またミツバチは少しでも楽をしようと考えているのか、わざわざ花の正面から蜜を吸いに行かずに花びらの付け根にあるわずかな隙間から蜜を吸うことがあります。これを“盗(とう)蜜(みつ)“といいますが、雄性不稔性の雌親系統の雌しべに、雄親系統の花粉が運ばれて受粉されるはずが、それがかなわないわけです。結果として交配種子の生産量が減ってしまいます。交配種の育成にあたっては、青果物の改良だけでなく、盗蜜されないように花びらの付け根がしっかりと締まっているように改良することも必要なのです。

花の正面から蜜を吸いに行っているミツバチ

盗蜜中のミツバチ

最後に

暑さや寒さなどに対する栽培特性や病気に対する抵抗力など、それぞれに対応して育種農場の作物担当者は多くの系統を育成しています。通常これらの特性は固定種の中に混在しているものを、ひとつひとつ解析して親系統の中に集積していく地道な作業です。そして交配種(F1品種)の育成システムは、このようにして育成した親系統を用いて、その時代の要望にすばやく対応することを可能とします。一方固定種(一般種)は、その地域で数百年に渡る環境変化や食文化に対応するよう選び抜かれた様々な特長を内包しているので、環境変動に総合的に対応でき、また味や形の多様性や地域特有の食文化を楽しむことができます。トーホクではF1品種がすべてにおいて優れているとは考えてはおらず、実際多くの固定種も販売しております。生育旺盛で様々な特性を付加された最新のF1品種、受け継がれてきた歴史そのものを享受できる固定種、何れもお客様の要望に応じたきめ細かな品種ラインナップです。今後もトーホクの品種にご期待ください。