ホウレンソウのタネ

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ホウレンソウの性

ホウレンソウの花ってどんなものかご存じですか?
花と言うと皆さんは花びらがあってその真ん中に雌しべがあり、その周りに花粉の入った雄しべがあるようなものを想像するかも知れません。多くの植物はそのような、雌しべと雄しべのどちらも備えた両性花をつけます。これに対しキュウリやカボチャは、雌しべと雄しべを別々に持つ単性花(雌花、雄花)を咲かせます。ところがホウレンソウでは、株によって雌花のみをつける雌株と、雄花のみをつける雄株とに分かれ、このような植物は雌雄異株植物と呼ばれます。このような性的な特徴はイチョウやキウイフルーツ、ホップなどでみられ、一個体で子孫を残すことは出来ず、タネをとるには必ず性の異なる相手を必要とします。今回はちょっと変わった性質をもつホウレンソウについて、そのタネとりをご紹介します。

風媒花植物だからホウレンソウには花びらが無い!?

雄花、雌花と言っても、ホウレンソウには一般的に想像される綺麗な“花”は咲きません。“花”が持つカラフルな花弁や甘い香りは、雄しべから雌しべへ効率良く花粉を運ぶために、虫や鳥など媒介者を誘き寄せ、往来させるための目印であり、より魅力的に進化してきました。一方植物には花粉媒介を風に頼るものがあり、その仲間を風媒植物と呼びます。ホウレンソウもその一つで、その他にトウモロコシ、花粉症の原因として嫌われ者のスギやヒノキ、ブタクサが含まれます。ホウレンソウの花は花弁を持たず、生殖に関わる器官だけの極めてシンプルな形をしています。雄花は遠くまで飛ぶための軽い花粉が大量に詰まった雄しべを、雌花はその花粉を受け取るために長く伸びた雌しべを露出させ、風媒に最適な構造に発達しています。

ホウレンソウの雄花。
葯が開いて乳白色の花粉がこぼれていることが分かります。少し揺さぶると微細な花粉が大量に舞いあがります。

ホウレンソウの雌花。
飛んでくる花粉を受け取るために髭のような長い雌しべが発達しています。

ホウレンソウの性の遺伝と品種育成

ホウレンソウの雌株と雄株は、通常均等に現れます。遺伝様式は雌株がXX型、雄株がXY型の遺伝子型で説明され、XとYの性染色体を持つヒトの場合と同じです。品種育成においては、雑ぱくな集団の中から優秀な個体を複数選び、その中の雌株と雄株を交配し、次世代の種子を採ります。この種子を播いて、その集団の中からまた選抜と交配を行います。これを繰り返す過程で、優良形質を伴った均一な系統を育成していきます。
現在トーホクで販売しているホウレンソウ品種は全てF1品種です。F1種子は、目的に応じて育成された母親系統と父親系統の交配によって生産されますから、採種する母親系統に父親系統の花粉のみ受粉することが望ましいですが、当然母親系統の中の雄株からも花粉が放出されるため、これを除去することが必要です。雄株を抜き抜き作業は採種圃場を何度も巡回して行う必要があるため多くの労力を要し、実用的ではありません。そこで開発されたのが、性転換を利用した方法です。
通常雌株だけを隔離しておくと、種子をつけないまま新しい雌花を咲かせ続け、最終的には枯れてしまいます。ところが、稀に放っておいた雌株に種子がつくことが古くから観察されていました。雌株の中にはたくましいものがあり、どうにかこうにか子孫を残そうと、枯れる直前に自ら雄花を咲かせて花粉を放出し、受粉に至って種子をつけることがあるのです。この現象は一種の性転換と理解され、現在この性質を利用して原種を採種し、F1採種の母親系統に用いることが一般的となりました(このような雌株を専門的には“雌性間性株”と言います)。

ホウレンソウ採種の実際

難しい話はここまでとし、それでは実際のホウレンソウの採種圃場をご案内しましょう。ホウレンソウは世界中で食される作物ですから、主要な品種であれば一枚の採種圃場が50ha、東京ドーム約10個分の広さになることも珍しくありません。

生育途中の状況を確認するスタッフ。

先に説明したようにホウレンソウは風媒花であるため、花粉が遠くまで運ばれます。ですから採種現場において重要なことは“隔離”です。同じ風媒花のトウモロコシでは5km先まで観測されたとの報告もあります。近隣の採種圃場や家庭菜園のホウレンソウから花粉が飛来し、意図しない受粉が起これば、種子の純度に影響します。風媒という性質上、他作物よりも大きな隔離距離を確保するよう細心の注意を払っています。

左側(濃い緑色の株)は母親系統で、右側(淡い緑色の株)は花粉を供給する父親系統

また、母親系統と父親系統の開花時期が一致するよう栽培することも重要です。開花期が合わず母親系統のみ咲いている状態では、種子が十分に充実しません。また開花期間が延びれば、それだけ環境ストレスにさらされて種子の発芽や寿命に悪影響が出ます。力強く発芽し、病気にも感染していない高品質の種子を安定的に生産するためには、現地の気象条件とホウレンソウという植物、さらには採種する両親系統の特性を熟知しておくことが求められます。

開花最盛期の様子。

母親系統の上に種子が稔りだしている頃の様子。

開花が終わると父親系統の列は引き抜かれ、残った母親系統の種子を充実させます。そして充分に乾燥させた状態で刈り取り、種子を収穫します。

ホウレンソウ採種のもうひとつの宿命~極地採種~

風媒花であること以外に、ホウレンソウの採種地を選ぶ際にどうしても縛られる宿命がもう一つあります。それは、ホウレンソウが長日植物であることです。長日植物とは昼間の長さが一定以上長くなると花が咲く植物です。元来日本では、ホウレンソウは秋まき冬どりの野菜として親しまれ、収穫が遅れて春を迎える以外にトウ立ちについて心配する必要はありませんでした。しかし、周年供給や春まき品種の要望が高まり、日が伸びる時期でもトウ立ちしない品種が求められるようになりました。私たち種苗会社は、そのようなニーズに応えるためにトウ立ちが極めて遅い(花が咲くためにより長い日長条件を必要とする)品種を育成していますが、裏を返せばなかなか開花しないわけですから、当然採種が困難となります。春から夏まきできる多くの品種は、北海道でも日長が足りず日本国内での採種は不可能です。今では世界中のホウレンソウ品種の採種が長日条件を求めて北欧や北米の高緯度地域に集中することとなり、採種地の確保が難しくなってきています。現在、私たちも新たな採種地の探索や技術開発に励んでいます。

少し変わった性質をもつホウレンソウですが、私たちはその性質を理解して利用し、時には克服してタネを生産しています。ホウレンソウという野菜は、今や和食・洋食・中華を問わず食卓にあって当たり前の存在ですが、一年を通して安定して食べられるのは品種開発と種子の安定供給があってこそ。私たちはその責務を果たし、よりよい種子を提供できるよう努力しています。今後ともトーホクのホウレンソウ品種にご期待ください。