♬キャベツ~なぜ巻くの?♪
第5話

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第5話(最終話);人為的に操作して結球遺伝子を確認する

キャベツの上の雲

盛夏の頃、標高800mから1400mに位置するここ群馬県嬬恋村では、冷涼な気候を活かしてキャベツの収穫が盛んに行われています。夏から秋にかけての総出荷量は、全国の半分を占める日本一のキャベツ産地。斜面に張り付くようにキャベツ畑が拡がる景色は一見の価値ありです。
これだけの大面積でキャベツを安定生産するためには、農家の苦労も当然のことですが、品種にも結球安定性、耐病性、揃いの良さなど様々な要望が高いレベルで要求されます。何気なく育っているキャベツですが、その中には品種育成のたゆまぬ努力と思いがぎっしり詰まっているのです。

キャベツの結球を人為的に遅らせる

さて第4話まででキャベツの結球性には葉柄が短くなる発育パターンが非常に重要であることを示してきました。今回はその因果関係をもっと直接的に確認するため、キャベツの生育に人為的な操作を加える実験を行ってみることにしました。

ジベレリンという植物ホルモンを聞いたことがあるでしょうか。ジベレリンは植物が元々内在させている伸長促進や発芽などに関わるホルモンで、その精製物は例えば農業で種なしブドウの生産に使われています。
生長する植物組織を伸ばす作用があるので、第4話で利用したキャベツの品種Eを使って栽培中にジベレリン溶液を散布して葉柄を伸ばして結球葉位に影響が出るか見てみることにしました。

2008年2月22日に種を蒔き、4月2日に畑に植え付け、本葉が8~9枚出現した4月22日から完全に結球が終了する7月上旬まで3~4日置きに100ppmのジベレリン溶液を霧吹きでかけ続けました。なお比較として対照区には水を吹きかけました。

5月2日の様子です。ジベレリン散布区では既に明確な葉柄の伸長が確認されました。

6月9日の様子です。ジベレリン散布区では結球の遅れも顕著になりました。

5葉位毎に葉柄長を測定してみるとその差は明らかでした。

ジベレリン散布区では第10葉位以降で明らかな葉柄の伸長促進が計測されました。また、水散布区では第25葉位で葉柄が確認できなくなったのに対し、ジベレリン散布区では第30葉位でも若干の伸長が確認されました。

ジベレリン散布区でようやくキャベツが収穫期に達した7月3日(定植後92日目)に両区の株を抜き取り、外葉を分解して比較してみました。

写真は左上から矢印の方向に外葉が順に並べてあります。

ジベレリン散布区では葉柄の伸長が促進された様子がよく分かります。結球の遅れも明らかで、結球葉位は水散布区で第29葉位だったのに対し、ジベレリン散布区では第35葉位と6葉位も結球が遅れました。

このように同じキャベツ品種でも、葉柄が短くなる発育が遅れると結球が遅れることが分かりました。これは茎の周囲に葉身がなかなか密集できず、前後の葉どうしがなかなか引っかかることができなかったためだと考えられます。結球性と葉柄伸長の発育パターンには深い関係があることが証明されました。

キャベツの結球を人為的に早める

実は逆の実験も行っていました。人為的に葉を引っかかった状態にして、それで結球が早まるかという実験です。

2003年2月7日に種を蒔き、4月1日に畑に植え付け、5月5日(定植後36日目)の本葉が第15葉位まで出現したステージで、外葉を数枚持ち上げて内側に畳み込むようにしてヒモでしばりました。

ヒモの中の葉が膨らんで見かけ上結球したように見えた5月26日(定植後55日目)にヒモをほどき、生長を観察しました。
ヒモをほどくとすぐに押さえつけていた葉が数枚広がりましたが、第21葉位以降は広がらず、結球しているように見えました。

しかし日を追う毎に数枚の葉がほぐれていき、最終的な結球葉位は第28葉位となりました。一方無処理区では、結球葉位は第33葉位となり、縛り区より5葉位遅い結球となりました。

なお、縛ったことによる葉形(葉幅/葉長)や葉柄長の変化は見られませんでした。

葉形や葉柄長の発育パターンを考慮して考察してみましょう。

縛り区では、縛られた葉が湾曲した形で開かずに大きく生長できたため、次に出現した葉と重なって開くのを邪魔し、第21葉位である程度引っかかって結球したように見えたのでしょう。しかし第21葉位ではまだ葉柄が伸長し葉の形も十分幅広ではなかったため、次の葉との重なりが足りず、引っかかりが維持しきれずにほぐれていったものと思われます。しかし第25葉位を越え葉柄が殆どなくなると、幅広でサイズが既に大きく生長し、加えてまだ開ききっていなかった葉は、次の葉と十分重なっていたことで葉位が低い割には本来より引っかかりが大きかったため、第28葉位で結球できたと推察されます。

一方縛らなかった無処理区では、第25葉位前後から葉柄が無くなり葉身が中心に密集して引っかかり始めたものの、縛り区のようにそれまでの蓄積が無かったため、引っかかりを積み重ねて結球が維持されるようになるまでには第33葉位までの葉位が必要だったものと推察されます。

これらの結果からも“引っかかる”という要素が結球性に大きく寄与していることが分かりました。

品種育成の道しるべ

以上、キャベツの結球性について様々な実験から考察してきましたが、ご理解いただけましたでしょうか。

キャベツの結球性とは「出現する個々の葉が葉位が高まるにつれて葉柄が短くなり、また幅広形状に発育し、その結果茎の周囲に幅広の葉身が密集した形態になり、前後の葉どうしが重なり合って物理的に“引っかかる”ことで葉身の湾曲が維持されたままその内側に新たに展開してくる葉を内部に抱え込んで進行していく現象」と言って間違いないでしょう。

結球性には“引っかかる”という要素がとても大切なのです。そしてその引っかかりを引き起こす、葉柄が短くなる発育パターンや幅広の大きなサイズの葉という形質こそ、実は我々が探していた、経験と勘に頼らない品種育成を進める上で、きちんと結球する品種を育成するための“大切な指標”だったのです。

第1話で、「キャベツの価値はその“結球性”がもたらしている」と記しました。育成されるキャベツ品種がどんなに病気に強くても、またおいしくても、安定した結球性を持っていなければ優れた新品種にはならないでしょう。結球できないキャベツはその価値を持たないからです。品種育成とは本当に地道な作業です。しかしその地道な作業には間違いのない「道しるべ」が必要です。基礎研究によって本質を明らかにすることは、品種育成が長い道のりであっても確かなゴールへたどり着く近道となります。

最後までお読みいただきどうもありがとうございました。是非タネを蒔いてその生長を眺めながら、結球性の不思議に想いを馳せていただけたら幸いです。そして自らの手で育てた、みずみずしいキャベツ本来のおいしさを実感してみて下さい。

(お知らせ)

今シリーズではキャベツについて紹介しましたが、トーホクでは他の野菜についても、確かな品種育成のために様々な基礎研究を進めています。そのような研究成果を応用して育成された品種が、野菜の安定生産や家庭菜園での収穫の喜びに貢献できることは、種苗メーカーとして大きな喜びです。今後もトーホクは新たな品種育成に挑戦していきます。ご期待ください。

なお、本稿は清原育種農場のキャベツ育種担当者である田中紀史主任研究員の発表した学術論文をもとに作成されました。それぞれは以下の通りですので、詳細について興味のある方は農学部のある大学図書館などで閲覧していただければと思います。

Tanaka N. and S. Niikura (2003) Characterization of early maturing F1 hybrid varieties in cabbage (Brassica oleracea L.). Breeding Science 53:325-333.

Tanaka N. and S. Niikura (2006) Genetic analysis of the developmental characteristics related to the earliness of head formation in cabbage (Brassica oleracea L.). Breeding Science 56:147-153.

Tanaka N., S. Niikura and K. Takeda (2008) Relationships between earliness of head formation and developmental characteristics of cabbage (Brassica oleracea L.) in two different growing seasons, autumn and spring. Breeding Science 58:31-37.

Tanaka N., S. Niikura and K. Takeda (2009) Inheritance of cabbage head formation in crosses of cabbage × ornamental cabbage and cabbage × kale. Plant Breeding 128:471-477.