郷土野菜の採種

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はじめに

野菜にはそれぞれの地域固有の種類があり、また固有の品種があるものですが、いずれも古くからそれぞれの地方で様々な風習や食習慣と相まって現在まで受け継がれてきたものです。例えば夏の暑い沖縄や九州などでは夏バテ予防にトウガンやヘチマなどのウリ科野菜を食べる習慣があり、また冬に雪深くなる信州や東北地方では夏から秋にかけて栽培したカブやダイコンなどを保存することから貯蔵性の高い品種や、長期の漬物などに利用できる品種が多くあります。施設栽培が広く一般的となり、また輸送や貯蔵の技術が発達したことから、季節を問わず野菜が入手できる時代になってきましたが、まだまだ地域風土に根ざした食文化も多く残っています。全国各地に散在するそれらの品種の多くは、わずかではあってもこれからも長く残っていくものと思われますが、今回はそのような品種をどうやって採種しているかをご紹介し、それらのタネを供給することが実際非常に難しい事態に陥っていることをお話ししたいと思います。

品種特性の確認

地方品種は何らかの特異性を持っています。例えばカブやダイコンはその地域独自の方法によって漬け物などに加工されますから、出来上がったものの風味が損なわれることがあってはなりません。それぞれの地域の栽培環境や嗜好性などについて熟知している担当者によって、それら品種が本来備わっていなくてはならない特長が間違いなく備わっているかが検定されます。

原種の維持

地方品種の多くは、いずれも量的に多くを求められてはいませんが、だからと言って原種を採種する規模を小さくするわけにはいきません。なぜなら規模を縮小して採種すると、本来備わっているべき特長が欠落して、品種特性が思わぬ方向に変わってしまう可能性があり、最悪な状況は品種が崩壊するからです。またカブやダイコン、ネギなど自殖弱勢(同一株内での受精や近親間での交雑を繰り返すと子孫の生育が徐々に劣っていく現象)の顕著な作物については、一定規模を確保しないと採種量そのものが減少して品種として維持できない事態に陥るのです。

ダイコンの原種採種

ネギの原種採種

たか菜の原種採種

ツケウリの原種採種

原種は熟練担当者がしっかりと栽培管理した施設内で採種され、その後青果栽培での確認を経て商品生産に使われます。

隔離栽培

種子生産には充分な隔離が保て作付けローテーションにも余裕が持てる海外の圃場が理想的ですが、海外圃場はひとつひとつの畑の区画が極めて大きく、相当量の需要がある品目でないと持ち込むことはできません。地方品種のように必要とされる量がわずかなにもかかわらず品種数が多い場合、隔離された小面積の圃場をたくさん準備する必要があり、おのずと日本国内の山間地しかない状態となります。
採種において最も気をつけなくてはならない“隔離”についてもう少し具体的に説明します。カブやダイコンなどアブラナ科野菜やネギなどは、蜂などの昆虫に頼って受粉させますから、そのような昆虫によって花粉が運ばれないような一定の距離を隔てる必要があります。採種する圃場同士が離れていることは基本ですが、近くの民家からも離れていることが理想です。なぜなら民家の人が栽培している様々な野菜から野生のハチやアブなどによって運ばれてきた花粉が受粉した場合、本来の品種とは全く違ったタネが稔るからです。

民家から相当な距離が離れた畑での採種栽培が理想ですが、実際このような理想的な畑は多くはありません。ですから採種する作物の花が咲き出す前に採種の担当者は徹底的に畑とその周辺を調べて不要な植物がないかを確認します。担当者にとってはこの確認は非常に神経を使う重要な仕事です。

採種圃場は通常山里深くにありますので、イノシシやシカなどの野性の獣によって荒らされる被害が多発します。それらの対策も必要です。

それではそのような採種圃場の開花期の様子をお見せしましょう。

カブの採種圃場

ネギの採種圃場

ダイコンの採種圃場

シソの採種圃場

収穫と調整

種子が稔ってきたら刈り取って乾燥させますが、雨などにあたって品質が落ちることのないようにビニールハウスなどに取り込み、自然乾燥させます。作物によっては登熟段階によって数回に分けて刈り取ることもあります。

ツケナ種子の乾燥中の様子

カブ種子の乾燥中の様子

おわりに

原種の維持と採種地の管理は、量の多少に関わらず少しも手を抜くことはできません。多くの地方品種の採種には多大な労力を要すること、また採種する環境は非常に限られていることが分かっていただけたかと思います。このような厳しい状況にある地方品種には、隔離する場所の確保と並ぶ難しい課題がもう一つあります。品種ごとにきめ細かな栽培管理ができる生産者が過疎化と高齢化の波によって限られてきていることです。

採種栽培は青果野菜の栽培とは全く異なります。採種栽培における品種特性を理解することは高品質種子を生産する上で最も重要なことで、品種固有のノウハウは一朝一夕で得られたものではありません。トーホクの技術者と長年培ってきた貴重な技術を有する優秀な生産者の確保は危機的状況と言えるかも知れません。

トーホクでは育まれてきた豊かな郷土の食文化を後世に伝えていくために郷土野菜を栽培する人が減ることなく、逆にそのような多様な食文化を楽しむ為に家庭菜園で栽培する人が増えることを希望していますが、現実的にはそのようなタネを供給することは非常に難しい状況になってきていると言わざるを得ないのです。