第10回 野菜泥棒さんに言いたいこと
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ダイコンがむくむくと太る11月、長いの短いの、丸いの赤いの、今年も数品種をタネまきしました。秋の天候が平年並みで、うちの野菜ももちろんですが、農家さんの野菜が順調に育ち、値段が上がらないことを願うばかりです。野菜の値が高騰すると、農園に野菜泥棒が出るからです。
家庭菜園で泥棒被害があると知ったのは、菜園家になって間もない冬でした。農園のお隣Aさんからスマホにこんなメッセージが届いたのです。
「事件発生。ダイコン10本が盗まれており、愕然としました。Bさんのところと同一犯と思われます。どうしよう……」

AさんとBさんは我が畑の両隣で、ベテラン菜園家です。しばらく前にBさんのダイコンが盗まれ、今度はAさんが被害にあったのです。気の毒に、しょげているのが文面から伝わってきます。私は看板を立てろと提案し、効きそうな警告文を考えてあげました。
『孫に食べさせようと一生懸命育てている野菜です。これ以上続けるなら監視カメラを設置します!』
電源のない畑にカメラを設置する方法は考えてもらうとして、返信するとすぐに着信音が鳴りました。
「情にうったえるより、警察のほうが効果あるかな?」
う~む、と考え込みました。私たちの農園は、住宅街から離れた里山の林の中にあります。警察が頻繁にパトロールしてくれるとは思えず、現行犯逮捕できる可能性はかなり低そうです。それよりも電気柵を張るとか、セコムに頼むとか、いろいろ考えたのですが、結局Aさんは泣き寝入りするしかなかったのです。
それにしても一度にダイコンを10本だなんて、相撲部屋ならまだしも、一般家庭で食べる量ではありません。余談ですが、以前知り合った菜園家が、贔屓の相撲部屋に自作のダイコンをどっさり差し入れていました。「白いダイコンを食べて白星をあげられるようにね」と教えられ、いつか私の育てたダイコンもあの関取に……と憧れたものでしたが、こちらのダイコン泥棒はそんな計画などなく、売るつもりなのでしょう。しばらく前に農園仲間が、「早朝、畑の脇の道を散歩していた人が、やけに大きなリュックを背負っていたんだ」とうわさしていましたが、それが犯人かもしれません。
その夜私は、帰宅した夫にAさんの悲劇を報告し、こう提案しました。
「私たちで泥棒を捕まえよう。銃持って、夜から野宿で見張るの。焚き火して、ベーコンとか焼いて」
「『スタンド・バイ・ミー』の観すぎだよ」
少年4人が夜の森で焚き火を囲む映画のシーンは何度観ても胸を打ちます。銃は水鉄砲で代用するつもりです。
「それにしてもへんだねぇ」
夫がぼそっとつぶやきました。
「何が?」
「AさんとBさんにはさまれて、なんでうちのダイコンは無事なんだ?」
「………………」
気づきませんでした。確かにそうです。どういうことだ?
AさんとBさんは野菜づくりがとても上手で、畑にならぶ野菜たちは青果店で売られてもおかしくない品質です。それは認めますが、私たちだってビギナーなりに頑張って育てていたのですよ。にわかに私の中で、まったく別の怒りがわいてきました。
「泥棒め、いつか捕まえて聞いてやる。なんでうちのダイコンは盗らないんだよ!」

それから数年経ったある年の冬、事件が起きました。わが家のダイコンが数本抜かれたのです! もちろん腹は立ちましたが、同時にこんな感情もわいてきて、夫婦でしみじみしたものです。
「ついに私たちのダイコンも泥棒に認められたね……」
その後も我が農園は、ときおり泥棒被害にあっています。警察に届けた人もいるようですが、犯人がつかまったという話は聞きません。区画をネットで囲む菜園家もいますが、私はそういう畑は趣味じゃないのです。お隣さんは、「誰か見てるぞ」という、歌舞伎の隈取りの目がにらみをきかせる看板を立てましたが、見ているのはカラスやタヌキくらいで、看板は劣化していくだけでした。
これまでの被害を思い返すと、土からすぽっと簡単に抜けるものが盗みやすいようです。ナスやトマトの実をもいだり、イモを掘ったりするのは、時間がかかりますものね。去年は私の畑でネギが抜かれました。それも5本や10本ではなく、畝ごと全部。先週まで畝に並んでいたネギが、1本残らずなくなっていたのです。
スーパーで買っている人はご存知ないでしょうが、長ネギは栽培に1年くらいかかるのですよ。それが(おそらく)一夜にしてぱぁ。あの光景を見たときは、驚きすぎて状況が理解できず、「え? ここって、ネギがあったよね?」と、ネギが植わっていたことが自分の勘違いかと思ったほどです。そのあと、声をあげて笑ってしまいました。
以前は、腹が立つやら悲しいやらで、しばらく落ち込んでいましたが、不快な感情は抱えるほどに膨らんで、メンタルをやられてしまいます。それを防ごうと脳がはたらくのか、近頃は笑ってあきらめるようになりました。状況を受け入れるために、「友だちにも分けたのかも。一緒に鍋をつついたのかも」などと空想し、私のネギを食べて笑顔になった人たちを思い浮かべたりもしたのです。
「おいしかったよ」と感想の手紙くらい置いていってくれたら浮かばれるのですが、そういう泥棒さんはいませんね。結局私はさびしく笑って、ネギを買いました。

盗むのには事情があるのでしょう。野菜が食べたいけれど高くて買えなくて、魔がさしてしまったのかもしれませんし、売るにしてもお金に困ってのことでしょう。でもやっぱり、どうか知ってほしいのです。タネをまき、水をやり、芽が出たと喜び、悩みながら間引いて、追肥して、土寄せして、収穫を楽しみに成長を見守ってきた野菜なのですよ。
でもそれは、どんなに言葉を尽くして説明しても、経験がなければわかってもらえないこと。だからもし、畑で泥棒さんとばったり会ってしまったら、私はこう言おうと思っています。
「あなたも野菜を育てませんか? すっごく楽しいですよ!」
(2025年11月1日。隔月で連載しています。次回は来年1月1日に第11回を掲載します)
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