第2回 畑はもっと自由でいい!
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「春はあけぼの、夏は夜」と平安のエッセイストは書きましたが、夏の畑に出るなら、早朝にまさる時間はないでしょう。夜の間に降りた露が野菜の葉や実を輝かせ、すでに高い太陽が土の匂いの水蒸気を農園中に立ちのぼらせます。ひんやり湿った空気を深く吸い込んだら、さっそく朝食の野菜選び。トウモロコシの葉のつけ根で、体を丸めたカエルはまだ眠そう。朝に咲くウリの花の中ではハチが花粉にまみれ、ミニトマトを籠に摘むわきではアゲハがジニアの蜜を吸っています。
私の畑には多様な生き物がすんでいます。植物の種類が多いからでしょう。100㎡の畑に、春夏だけで約60種の野菜と50種を超える草花やハーブが育っています。そんなスペースがどこにある?と思うでしょうが、じつは1つの畝に何種類もの植物を混植しているのです。
今年トマトの畝には、葉ネギ、レタス、キンセンカ、ジニア、バジル、ナスタチウムなどを植えました。トマトを支えるトレリスの端にはナタマメを1株だけ巻きつかせています。生育旺盛なナタマメにトマトが負けずに育つか心配ですが、トマトの赤い実とナタマメの白い花房が合わさったら素敵だろうと思ったのです。それはちょうどサラダ作りに似ています。レタスだけでは物足りない。色も形もさまざまな野菜を加えたら、器が華やかで楽しくなります。そのように、同居させる野菜や草花を選び、思うままに配置して、畝を作り込むのが好きなのです。
野菜の作り方は習っても、畑の作り方はもっと自由でいいはず! そう思って混植を始めたのは、菜園家になってすぐでした。同じ向きに畝を立て、ビニールマルチを敷き、一種類の野菜を整列させる栽培をどうしても楽しめなかった私は、野菜の株間に別の野菜を植え、畑の中央に囲みを作って草花やハーブを育て始めました。するとにわかに畑が楽しくなったのです。当時夫にこんな妄想を聞かせたものです。
「妖精がすむような畑をつくりたい!」
「すむのはせいぜいチョウかハチだよ」
と夫はゲラゲラ笑いましたが、まもなく本当にチョウとハチが飛び始めました。うれしくなった私は、翌年には育てる野菜や花の品種を一気に増やし、畝にまで草花やハーブを植えました。以来、畝の形もL字形や三角形にしたり、仕立て方もあれこれ試したりしながら、混植を楽しんでいます。
「金田さんの畑は変わってるね」
と、かつて農園仲間に言われたことがあります。ほとんどのメンバーが一般的な栽培をしているのですから当然でしょう。
「あはは、混ぜ植えが好きなんで」
と返しましたが、人の目は気にしていました。大勢が利用する貸し農園ですから、自分の好みは通しても、人を不快にさせてはいけない。あれこれ植えても乱雑にせず、きれいな畑を保つことはいつも気をつけています。
今では(おそらく)、多くの農園仲間が私の畑をおもしろがっているようです。おじさんに好評なのは意外でした。「あれは何? こっちは何?」と植わっている野菜や花の名を尋ねる人。西洋アサガオの咲く棚を見つめ、「きれいですね~」と目を細めた人もいました。それはシカクマメとの混植で、アサガオの葉におおわれた豆を探すのに苦労したのですが、何百と咲く見事な花は多くの人を楽しませたようです。うれしかったのは、「お仏壇に供えるお花をわけてもらえない?」と頼まれたこと。私もお墓参りに畑の花を摘んでいくことがありますが、家庭菜園は、日々の暮らしに欠かせない植物を育てる場だと改めて実感しました。
そしてやっぱり、私の畑を「すてき!」と言ってくれるのは畑仲間のお姉さまです。
「赤い花がきれいだから、ぜひ植えて!」
と、この春、彼女の畑で増えたタチアオイを株分けしてくれました。ちょうど今、ウリ棚の横で絞りの浴衣のような花を咲かせています。竹の棚にはヘビウリとササゲが同居。盛夏にはブラブラ下がって愉快な光景になるでしょう。
ちなみに、“一般的”に見えていたおじさんたちの畑も、ちゃんとその人らしさがあることを、今ではよく知っています。ディルやルッコラや西洋野菜を育てる人、ひと畝すべてイチゴで埋め尽くす人、結局畑はその人の畑になっていくのでしょうね。
適正な株間をとらない混植は、野菜の収量を上げる目的には向かないかもしれません。でも私には生産性より多様性。小さな畑も目をこらせば大自然。野菜や草花、小さな生き物たちが懸命に生きる様を見られるのが、“私の畑”の楽しみです。
妖精はいまだに姿を見せませんが、「きっと夜行性なんだよ」とうそぶきながら、どこかの葉裏にひそんでいると信じています。
(2024年7月1日。隔月で連載しています。次回は9月1日に第3回を掲載します)
作者紹介
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