第3回 よーしっ、次に行こう!

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 熱波といえそうなほど暑かった夏もそろそろ終わり。耳をつんざくように鳴いていたアブラゼミに変わり、ツクツクボウシの音が晩夏を知らせています。9月になれば、それまで灼熱だった畑に昼間もいられるようになりますが、残暑はまだまだ厳しい。

「きょうも暑いね~」
「全然雨が降らないから困っちゃう」
「水やらないと苗が枯れちゃうよね」

 農園で顔を合わせれば、私たちはまず天気の話をします。「雨が降りませんね」なんて言われても、「そうですね」のあと話に詰まって気まずい思いをする方もいるでしょうが、私たち菜園家はこの話を本気でします。私など、「雨が降らない」という話題で10分は話していられるほど。結局解決策などなく、最後は、「雨乞いでもしよう」で終わるのです。

 日に何度も週間天気をチェックし、NHKの朝ドラを観るときも、データ放送の天気予報を表示したまま。お日様の記号が傘に変わるのを期待しますが、この季節は数日後の傘マークがちょっと気がかり。台風が近づいているのです。


 台風の前日は、農園に人が増えます。まだ畑に残る夏野菜が倒されないように支柱を増やしたり、植えたばかりの秋冬野菜にかけた防虫ネットが飛ばされないようにしたり、暴風雨への守りを固めるためです。その日はたいていそうですが、明日嵐が来るなんて信じられないほど晴れ渡っています。

「大型って、どの程度の強さなのかね~」
「最強クラスって言われてもね~」
と、のんきに話していますが、少し緊張の混ざった気持ちの高ぶりは、菜園家ならわかっていただけるでしょうか。作業を終え、「じゃあまたね」と笑って畑をあとにするときの気持ちも。また会うその日は台風の過ぎ去った直後で、そのとき畑がどうなっているのか、お互い不安を抱えながらの「またね」なのです。

 台風は来てしまえば、窓の外をただ眺めることしかできません。わが家の前に生えるケヤキの大木は、暴風にあおられてまるで歌舞伎の連獅子のよう。畑のオクラも、あんな感じで頭を振り回しているのでしょう。

 野菜作りを始めたころは、いてもたってもいられませんでした。畑に駆けつけ、野菜を抱いて守りたかった! やりかねないので、会社にいる夫から「絶対に行っちゃダメ!」と電話が来たほどです。

 菜園家になって、台風のさなかに田んぼを見に行ってしまう農家さんの気持ちが初めてわかりました。そして、畑に行けない私が何をしたかといえば、外へ出てベランダに立ち、暴風雨に打たれ続けたのです。畑の野菜が今どんな思いでいるのかを知りたくて。


 あれから15年。今では、
「これじゃあオクラは倒れたな」
「ナスは根っこから抜けたかも」
「防虫ネットは風とともに去りぬ、か……」
などと思いながら、窓の外の荒ぶる自然をただ見ているだけです。かつては畑中におびただしい数の支柱を立て、何がなんでも野菜を守ろうと必死でしたが、今では最小限の備えしかしません。それでも倒れてしまったら、それはしかたがないという思いでいます。

 野菜への愛が薄れたわけではなく、台風一過の畑に何度も立って野菜たちを見るうちに、こう思うようになりました。

「なるようにしかならない」

 泥をかぶってもダイコンはしっかり根を張り、サトイモはボロボロに破れた葉を太陽に向けています。倒れたコスモスは自力で首を持ち上げ、畑の生き物たちは嵐の中どこかに逃れて、ちゃんと生きている。そんな姿を見せられるうちに、

「これは私がどうこうするものでも、できるものでもないな」
と考えるようになりました。

 自然はけろっとしたもので、台風の過ぎた畑の空は、これ以上ないほどに澄み切っています。畑仲間はそれぞれの被害を確かめ、

「うちはゴーヤの棚が倒れたよ。そっちはどう?」
「オクラがほとんど倒れちゃいました~」
「まあ、夏も終わりだし、もう抜いてもいいよね」
などと話します。

 台風は、「まだ収穫できる」としがみついていた夏野菜への未練を断ち切ってくれます。蕾の残る株を抜くとき、私は何も考えません。考えないようにしています。タネをまき、苗を育て、背が伸びた花が咲いたと喜んだ日々を思ったら、先に進めなくなってしまうから。

 草丈の高い夏野菜を抜けば、農園はとたんに見晴らしがよくなり、心の中にまで風が吹き抜けるようです。日当たりのよくなった畝で、ブロッコリーの苗にはねた泥を水で流します。「きのうは怖かったよ」という声が聞こえるようで、「よく頑張ったね」とほめながら葉の裏表を洗ってやります。どの苗も少し強くなったように感じるのは気のせいでしょうか。

 一日たっただけなのに、顔に当たる風はひんやりとして、見上げた空には、どこで難を逃れたのか赤とんぼが群れ飛んでいます。

「よーしっ、次に行こう!」
思わず声に出してしまうのです。



(2024年9月1日。隔月(奇数月)の連載です。次回は11月1日に掲載します。お楽しみ!)

作者紹介

金田 妙
フリーライター。児童書を中心に活動。未経験から家庭菜園を始めて15年目。季刊「うかたま」(農文協)に畑のエッセイ連載中。NHK出版「やさいの時間」にも原稿を書き、堆肥代を稼ぐ日々。野菜と花を混植した生き物あふれる畑が好み。ビギナー時代の菜園エッセイ『シロウト夫婦のきょうも畑日和』(農文協)発売中。
https://www.instagram.com/taekanada
高田 真弓
イラストレーター。東京と茨城を行ったり来たりしながら平日は原稿に、週末は土にまみれる生活を楽しんでいる。雑誌ダイヤモンドZAiで漫画「恋する株式相場」、学研のwebサイト【こそだてまっぷ】で漫画「ウチュージンといっしょ」を連載中。無類の亀好き。
http://www.9taro.net/