第4回 居心地どうですか? この畑
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11月ともなると畑はもう冬の気配。野菜が育つのを眺めて収穫するだけの、のんびりした時を過ごせる冬ですが、この時期はほんの数日忙しくなります。春に収穫する越冬野菜を植えつけるためです。タマネギ、ソラマメ、エンドウなどに加えて、毎年植えるのが「のらぼう菜」というアブラナ科の野菜。株間をじゅうぶんとって苗を植え、冬の間に成長点を摘心すると、春には太くて立派なわき芽が次々出て蕾をつけます。甘くてクセのないその花茎は、春の食卓に欠かせません。
のらぼう菜は、神奈川や東京、埼玉などで盛んに育てられている野菜です。我が町では直売所に山積みで売られるほどおなじみですが、聞いたことも見たこともない方もいるでしょう。日本にはそうしたご当地アイドルのような野菜が各地にあります。となると、そのタネを入手して育ててみたくなるのが菜園家で、私もあれこれ手を出してきました。おいしさにほれて、畑のレギュラーメンバーにしてしまった野菜もいくつもあります。
たとえば日野菜カブ。もとは滋賀の野菜で、室町時代から栽培される歴史の長いカブだとか。香りがよく、辛みとほろ苦さもあって、育てない年はありません。埼玉の秩父で出合って育て始めたのは雪白体菜。葉の形がしゃもじに似ていることから、しゃくし菜の名前で親しまれています。すらりと伸びる白い葉柄は艶っぽく、淡泊な味はどんな調理にも合う万能の冬菜です。
ここ数年のお気に入りは、山形青菜(せいさい)。タカナの仲間で、山形ではこれを塩漬けにし、その葉で味噌おにぎりを包んでさっとあぶる郷土料理をこしらえます。その名も「弁慶飯」。青菜で巻かれた大きなおにぎりは、袈裟でおおった弁慶の顔のようで、それも由来の一説だとか。その青菜を、「炒めて食べるとすごくおいしいですよ」と、種苗会社さんにすすめられたのです。
漬け菜を漬けずに炒めろと言われても、どれほどの味なのか半信半疑でした。そのとき思い出したのがコマツナです。炒めておいしいコマツナは、もとは江戸の漬け菜。実際漬物にするとおいしいのです。ならば山形青菜も炒めてみようと、その秋タネをまきました。タカナに似て株元ががっしりといかにも硬そうに育ち、葉先はあちこち向いて大暴れ。それを1枚ずつに解体し、ざくざく切って炒めたところ、硬かった株元がくったりとやわらかくなったのです。その味といったら!
「うんま~い!」
「甘いね~! 台湾で食べた青菜炒めみたい!」
私も夫も、一口で虜になりました。舌の肥えた友人に「ニンニクで炒めてみて」とプレゼントしたところ、とてもおいしくて、行きつけのレストランに使ってほしいとリクエストしたそうです。
日本にはこんなご当地野菜がまだまだあるはず。出逢いを求めて、旅先では現地の直売所を必ずチェックします。お目当てはタネ売り場。見かけない野菜のタネがあると、買わずにはいられません。ことにウリ、カブ、ダイコン、菜っ葉の仲間には、珍しいものが多いのです。
「このカブのタネ、今すぐまいていいですか?」
「東京で育てるなら、もっと寒くなってからがいいね」
などと、お店の人と話すのも楽しい時間。ときには
「東京の冬は暖かすぎて、うまく育たないかも」
なんて言われることもあります。
確かにご当地野菜は、その土地の気候と土で育つのがポテンシャルを最も発揮できるのでしょう。そのタネを、遠く離れた地にまいてしまうことには、少しの緊張感とちょっとした罪の意識が生まれます。ですからどうしても、ほかの野菜より気にかけてしまうのです。
「居心地どうですか? この畑」
「まあまあです」
「間引きの間隔はこんな感じでいいですかね?」
「はい、大丈夫です」
などと一人芝居をしながら、まるで菜園家一年生のときのように、間引きも追肥もやたらと丁寧。
周りの野菜たちはといえば、転校生を迎えたクラスといったところでしょうか。植物は植物同士でコミュニケーションをとるそうですが、見慣れない新顔を、間合いをはかってじっと観察しているのかもしれません。畑の空気がちょっと新鮮に感じられるそんな刺激も、ご当地野菜を加えたくなる理由の一つです。
育てた結果はうまくいったり、いかなかったり。巨大に育つはずの桜島大根が日本最小記録に輝き、立派にできたと喜んだ三浦大根が、本物と比べたら「三浦風ミニ大根」でしかないと判明したこともありました。はたから見たら大失敗でしょうが、私たち夫婦にはそんな顛末も畑の楽しさです。じつは山形青菜も、地元山形では1株が両手で抱えるほど巨大な菜っ葉なのだとか。我が畑ではその半分にも育ちませんが、それでもすっかりクラスにうちとけ、のびのびと育っています。
(2024年11月1日。隔月(奇数月)の連載です。次回は1月1日の掲載です。お楽しみに!)
作者紹介
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