第5回 実り多き一年でありますように

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 暮れもおしせまり、世間が買い物や大掃除に追われているころ、私たち夫婦は畑に出ます。寒風のなか誰もいないかと思いきや、意外と何人もの畑仲間に会うのは毎年のこと。なかには「大掃除から逃げてきたんだ」と笑うおじさんもいるけれど、みなお正月に食べる野菜をとりに来ているのです。

「一年経つのは早いね~」
「ほんとですね~」

などと言葉を交わしますが、丁寧に思い返せば、畑がトマトで彩られていたころも、エンドウ豆を籠いっぱい摘んだ日も、はるか昔のことのよう。大人になると一年があっというまに過ぎるのは、子どものころには感じていたトキメキがなくなったからだそうですが、だとすると、私が畑で過ごす日々には、まだトキメキがあるのかもしれません。


 南関東にある私たちの畑では、冬の間も作物がたくさん植わっています。ホウレンソウは寒さに負けじと糖をたくわえ、エンドウは身を縮めてひたすら春を待っています。裸地になって土が乾かないように冬草は生やしておき、ライ麦やレンゲなど緑肥のタネもまいたので、冬枯れのなかでもうちの畑は緑が目立つほう。地面に伏した葉の下では小さな生き物が、湿り気のある土の中ではミミズの卵や微生物たちが、冬の眠りについていることでしょう。

 そんな畑で私と夫は、お雑煮やお煮染めなどに使う野菜の収穫を始めます。ダイコンやニンジン、カブを抜き、コマツナは株元でカット、残して土を盛っておいた里芋も掘りあげて子イモをほぐしとります。お正月用に金時ニンジンを育てる年もあり、土から深紅の根があらわれると、特別な食材に気持ちが高まります。お正月に食べるイメージはないですが、ブロッコリーとカリフラワーをとり、芽キャベツをかきとって、さらにネギも数本引き抜けば、持ってきた籠は野菜でいっぱい。持ち手が抜けないか心配になるほどで、両手で抱え上げて車まで運びます。

「おかげさまで年が越せますね」
「かさを売りに行かなくてすみますね」

 年の暮れには大好きな『かさ地蔵』を読むのが恒例なもので、ついそんな冗談もとびだしますが、実際、ほんとうに「おかげさま」なのです。お正月こそ自家製野菜で迎えたい。収穫物をいただくことで、この恵みをくださった年神様に一年間の感謝を伝えられるからです。


 お正月に家々を訪ねる年神様が豊作の守り神でもあると知ったのは、菜園家になってからでした。「年」という漢字は篆書で「禾」の下に「千」と書き、本来は「穀物の実り」を意味するそうです。(「禾」は言うまでもなく「種」や「稲」などの部首ですね)。それで納得。「年」という字は、実りの周期である一年をあらわしているのです。

 農が身近でなかったころには考えもしなかったことですが、日本の年中行事の多くは、作物の成長に応じて行われる農耕儀礼です。豊作を占ったり、虫送りをしたり、大風を封じたり、雨乞いをしたり、そして実りを感謝する儀礼が各地に残っています。本来は稲作を対象にしたものでしょうが、小さな家庭菜園でもこれらの願いは心から共感できるもの。豊作であってほしいし、虫がつけば困るし、台風被害はないほうがいいし、雨が降らない悩みも降りすぎるつらさも痛いほどわかります。ですから新しい年を迎えるときは、年神様にこう願わずにいられません。

「今年も実り多き一年でありますように」


 やがて1月15日。日の出より前にアラームで起こされ、私は小豆粥を炊きます。このために、わずかですがアズキを育てています。夏にタネをまき、黄色い花を愛で、さやが膨らむのを喜び、熟した豆を少しずつ収穫して選り分けておいたものです。小正月は農民にとって大正月(1月1日)よりも重きをおかれてきたそうで、この日各地で豊かな実りを予祝する行事が行われるのも、その名残でしょう。

 台所の窓を湯気でくもらせながら土鍋の音を聞くときの満たされた気持ちは、買ったアズキでは得られません。一年健康で畑ができますようにという願いも、畑の神様がかなえてくれそうな気がするのです。

(2024年12月20日。通常奇数月の月初めの掲載ですが、年末年始に当たり今回は早めの掲載となりました。次回は3月1日の掲載予定です。お楽しみに!)

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このコーナーの作者、金田 妙さんの著書『シロウト夫婦のきょうも畑日和』(農文協)、または野菜・草花の新商品のタネが当たるプレゼント企画を開催中です(締め切りは2025年2月末日)。このホームページ冒頭からキャンペーンフォームに入っていただき、簡単なアンケートにお答えください。
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作者紹介

金田 妙
フリーライター。児童書を中心に活動。未経験から家庭菜園を始めて15年目。季刊「うかたま」(農文協)に畑のエッセイ連載中。NHK出版「やさいの時間」にも原稿を書き、堆肥代を稼ぐ日々。野菜と花を混植した生き物あふれる畑が好み。ビギナー時代の菜園エッセイ『シロウト夫婦のきょうも畑日和』(農文協)発売中。
https://www.instagram.com/taekanada
高田 真弓
イラストレーター。東京と茨城を行ったり来たりしながら平日は原稿に、週末は土にまみれる生活を楽しんでいる。雑誌ダイヤモンドZAiで漫画「恋する株式相場」、学研のwebサイト【こそだてまっぷ】で漫画「ウチュージンといっしょ」を連載中。無類の亀好き。
http://www.9taro.net/