
第6回 七つの子ごはんでも炊きましょう!
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小道をはさんだ隣の区画で、支柱にジョウビタキがとまって尾羽をしきりに振っています。帰郷前の挨拶に寄ったのでしょうか。桜が咲くころには、北の異国へ帰っていく渡り鳥。「ヒッ、ヒッ」という澄んだ声が聞けなくなるのはさみしいけれど、畑ではフキノトウが顔を出し、ニラが新芽を吹き、いよいよ春です。テレビの天気予報士は「春がその角まで来ています」なんて言いますが、菜園家はこう感じているのでは? 春は土から起き上がってくるのです。
3月、まず植えつける野菜の一つにレタスがあります。私たち夫婦はレタスが好物で、なかでも歯ごたえのよい玉レタスをよく育てます。タネから育てた苗を畑に移すと、小さいながらもパリッとした葉を畝に見つけ、アメリカ人の畑仲間が聞きました。
「これは何?」
「レタスの苗だよ」
「アイスバーグかい?」
私たちの農園にはイギリス人とアメリカ人の畑仲間がいますが、彼らは玉レタスを「アイスバーグ(氷山)」と呼びます。由来が気になって検索すると、海外のサイトにこんなことが書かれていました。
1920年代、カリフォルニアのレタス産地サリナスから大陸を横断してレタスを運んだ列車があったそうです。レタスの鮮度を保つために大きな氷を積んでいて、その列車が駅に停まると、人々が「氷山が来たぞ!」と叫んだのだとか。レタスをアイスバーグと呼ぶ歴史はそれ以前からあるそうですが、氷を積んだ列車の光景が、アイスバーグの名を広めるのに一役かったのではというのです。
映画「エデンの東」を観た人ならピンとくるでしょう。ジェームズ・ディーン演じる主人公キャルの家はサリナスにあり、彼の父はレタスを氷で冷蔵しながら東へ列車で運ぶ事業に乗り出しました。氷がとけてレタスが腐るという失敗に終わりましたが、あれがアイスバーグかと実感できます。

葉を増やしていくレタスのそばで、すくすく伸びているのはエンドウです。わが家では、スナップエンドウ、サヤエンドウ、実エンドウを育てます。そのなかに「アラスカ」という不思議な名の実エンドウがあります。タネ袋には「交配」の文字がありません。つまり、日本の種苗会社が交配した品種ではなく、昔ながらの固定種。アラスカ州生まれかな? と調べてみたら、由来を知るより前に驚きました。岡山県ではスーパーなどでこの豆が「アラスカ」の名で売られ、その豆ご飯を「アラスカご飯」と呼ぶらしいのです。グリーンピースより大粒で甘いこの品種を区別し、品種名で流通しているのですね。
さらに調べると、アメリカの種屋さんのサイトに名前の由来を見つけました。なんとそれは船の名前でした。この品種の誕生は1881年。最初は「Earliest of All(最も早いもの)」という名前だったそうです。実エンドウの中では収穫が早いというのがその理由でしょう。それが数年後、当時大西洋横断最速の記録をもっていた蒸気船アラスカ号の名で呼ばれるようになったのだそうです。なんてしゃれた名前! アラスカは、イギリスのエンドウ豆のブリーダーが生み出した品種で、多くの品種の親になったそうです。皆さんの畑で育つエンドウも、アラスカの子どもかもしれませんね。そして今も残るアラスカは、1881年から多くの人の手を経て、ずっと受け継がれてきたタネなのです。

調べるほどに面白い野菜の歴史ですが、これから歴史を刻んでいくのが、日本の種苗会社が独自につける名前です。菜園家なら、そのユニークな商品・品種名に笑ったことのある人も多いはず。私もビギナーのころは、園芸店でへんてこな名のタネを見るたび、「種苗会社では、これを真面目に会議で話し合っているのか?」と、首をかしげていました。その後、仕事で種苗会社の方とお目にかかる機会を得て聞いてみると、「一人で決めている」というお答えもあり、いまだに驚きです。
春に育つ野菜で私のお気に入りの名前は、トーホクのソラマメ「七つの子」。「アスパラ菜」や「おでん大根」もいい名だと思いますが、「七つの子」の命名センスには感心しています。由来はむろん、野口雨情作詞の童謡「七つの子」。うまく育てば豆が7粒入るから「七つ」なのかなと聞いてみると、そのとおり。「七つ」は「たくさん」を表現したそうです。七つの子は一寸ソラマメとは違うイタリア系の細長い品種で、さやを開けばたくさんの豆が並んでいるのです。「素人が7粒莢をならせるのはなかなか難しい」とも教えられたので、今年収穫するさやに7粒入りがあるかどうか、数えるのが待ちきれません。「アラスカご飯」ならぬ「七つの子ご飯」でも炊いて、春を祝いましょう!

(2025年3月1日。隔月(奇数月)の連載です。次回は5月1日の掲載です。お楽しみに!)
作者紹介

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