♬キャベツ~なぜ巻くの?♪
第1話

  • 文字サイズ

第1話;キャベツが巻く秘密

キャベツが丸まる性質を結球性(けっきゅうせい)と呼びます

普段何気なく食べているキャベツ、葉が何重にも集合して "丸まって" いるのでとても便利です。ずっしり丸まったキャベツを刻むとあっという間に大量の千切りキャベツができます。ちょっと食べ忘れて外側が萎びても、数枚むけば内側の葉はみずみずしいままです。
丸く締まった形は保存性だけでなく輸送性にも優れています。このように葉が何重にも集合した形態に植物が育つ性質を “結球性” と言います。ハクサイや玉レタスも同じです。
キャベツの価値はその“結球性”がもたらしていると言っても過言では無いでしょう。

キャベツの祖先は結球していなかった?

では、キャベツはもともと結球する野菜だったのでしょうか?昔のキャベツは結球していなかったと考えられています。キャベツの祖先は、ヨーロッパの地中海から北海にかけての海沿いの崖などに自生していた、ケールの仲間だったと考えられています。

イタリアで自生するケール

ケールは古代ローマでは薬用として利用されていたと言われています。そのケールの中にも弱く結球するものがあったようです。結球することのメリットに誰かが気が付いたのでしょう。人の手によって、より結球するケールが選抜されていった結果、1世紀ごろのイタリアで原始的なキャベツが成立したと考えられています。

今日でもイタリアには原始型に近いふわりとしか結球しないキャベツが分布し、ポルトガル周辺ではポルトガルキャベツ(あるいはTronchuda CabbageまたはTronchuda Kale)と呼ばれる殆ど丸まらないキャベツが食用として栽培されています。

ポルトガルキャベツ(手前の葉を除き側面から撮影)

キャベツの品種改良の歴史

13世紀にはイギリスで結球性のキャベツが記録されていますが、キャベツの品種改良が本格的に始まったのは16世紀以降と考えられています。ヨーロッパ各地で枝分かれ的に品種ができ、更にこれらが北アメリカ大陸に伝わって多彩な品種分化を遂げました。

様々なキャベツの品種
左上:寒玉、左中:春系、左下:サボイ、右上:赤、右中:ボール、右下:ポインテッド

日本には、明治から昭和初期にかけてヨーロッパやアメリカから本格的に導入され、民間育種家によって日本各地の気候に合うように品種改良が進められました。
日本での成果は目覚ましく、1949年に世界初のキャベツのF1ハイブリッド品種が商業開発されました。日本の種苗メーカーの開発力はたいへん優れており、今日に至るまで世界中で栽培される多くのキャベツ品種が生み出されています。

キャベツの研究の歴史

一方、キャベツはどのように結球するのか、またその遺伝はどうなっているのかという研究は思いのほか少なく、これまで数えるほどしか報告がありません。
メンデルによって1865年に遺伝の法則が発見され、3人の研究者によりその法則が再発見されたのが1900年です。その直後の1920年代に、唯一キャベツと不結球のケール等との雑種の子孫を観察することで、結球性の遺伝様式が考察されています。その時の結果は、結球する、しないが明確に分かれず、半結球のような中間の個体が多数観察されたということでした。

結球のメカニズムについては、1960年代以降論文が散見されるようになり、どうも葉の形が幅広であることが結球野菜に共通した特徴であるということや、葉が内側に湾曲することが結球に重要で、その湾曲には植物ホルモンがかかわっている、ということが示唆された報告があります。しかし、実はキャベツの仲間にはいずれも葉が湾曲する性質をもったものを見つけることができます。

キャベツの仲間に見られる葉の湾曲
左上:キャベツ、左中:ケール、左下:ブロッコリー、右上:コールラビ、右中:カリフラワー、右下:ハボタン

どうしてキャベツだけが "うまく” 結球できるようになったのでしょうか?

キャベツの結球性についてはこれまで科学的な解析が殆ど行われておらず、その仕組みも曖昧なままでした。このままでは育種家は依然として経験と勘に頼って品種を育成するしかありません。結球に関する遺伝子があるならそれを把握し品種育成に有効利用しよう、と考え、当社ではこれまで遺伝学的な研究を進めてきました。今回はそのような研究成果の一端をご紹介したいと思います。

キャベツの結球過程を観察してみよう

キャベツの結球性とはどのような現象なのでしょうか。まずは下の連続写真をご覧ください。
7月下旬にタネを蒔き、ハウスで苗を育て、8月下旬に畑に植えつけてから1日1回固定したカメラから撮影した画像をつなぎ合わせてみました。

何がどう変化して結球するのでしょうか?
途中の写真を何枚かとり出して生育を追ってみましょう。

まず言葉の説明です。
キャベツの葉の丸い部分を葉身、そこから茎まで伸びている部分を葉柄と言います。

写真の右下の数字は日付です。
葉にはマジックで葉位が記入してあります。
本葉が出現した順に、1番目から第1葉位、第2葉位・・・と言います。
第5葉位は5番目に出現してきた本葉のことです。

葉は3枚で約1周するように中心の生長点から次々に出現してきます。
正確には、3/8回転(135°)に近い黄金角(137.5°)と考えられており、3枚で360°を越えます。

葉は丸い形の葉身と葉柄からできていて、一枚一枚の葉はほとんど平滑です。

葉柄が見えなくなり、葉身が重なるように中心に密集していくのが分かります。
内側の葉が少し中心に向けて湾曲した形になってきました。

個々の葉の生長に注目して追ってみましょう。
第25葉位の葉は小さいうちは内側に湾曲していて、先に展開した外側の葉に両サイドが当たって抑えこまれたように見えます。

しかし外側の葉が生長して展開するにつれて、第25葉位の葉も生長して湾曲が解け・・・・

展開して平滑になってしまいました。

気がつくと中心ではより結球が進んでいるように見えます。
もう少し後から出現してきた葉はどうでしょうか?

第32葉位の葉は、第25葉位に比べると、10月10日ではより湾曲して結球しているように見えます。

しかし10月15日には、外側の葉に両サイドがぶつかって開ききらないものの、湾曲がほどけてきて・・・・

10月20日にはより展開して中心の結球部から離れてきてしまいました。
次の第33葉位の葉はどうでしょうか?

こんどは第32葉位の葉のように簡単には展開せず・・・・

結球したキャベツの一枚になってしまいました。
この瞬間キャベツは結球したと言えます。

ただし第33葉位の葉も11月11日頃になると外側の葉がより拡がるのに合わせて少し浮いてきて、

1ヶ月も経つといくらか結球部から離れてしまいました。
なお、次の第34葉位の葉は離れることはありませんでした。

結球する要因は何なのでしょう?

どうして結球してしまったのでしょうか。もう一度時動画を見てみましょう。

どうも、キャベツは生長し葉位が進んで葉のサイズが大きくなるにつれて葉が重なるように中心に密集していく結果、外側の葉が内側の葉が開くのを邪魔しはじめ、最初は“引っかかり”きらず展開してしまいますが、それが少しずつ遅れて、やがて葉どうしが“引っかかって”意図せず結球してしまったように見えます。

ちょっと非科学的のような話ですが本当でしょうか?次回以降、このキャベツの “結球引っかかり説” を検証してみたいと思います。

(お知らせ)

このお話はトーホクの育種農場でキャベツの品種改良を担当している社員によるものです。新しい品種を育成する中で、「キャベツってなんでこんなに葉が巻いてるんだろう?」と根本的な疑問を抱いたことから研究は始まりました。

はたして答えは見つかるのでしょうか?
続編をお楽しみにして下さい。