♬キャベツ~なぜ巻くの?♪
第4話

  • 文字サイズ

第4話;いくつものキャベツ品種を調べてみる

季節風とキャベツ栽培

写真は冬の愛知県渥美半島でキャベツが収穫されている様子です。太平洋沿岸の温暖な渥美半島では、冬季関ヶ原を抜けた季節風が常に吹き付けるため霜が降りにくく、キャベツ栽培に適した気候となっています。そんな気候のおかげで冬のキャベツの出荷量は現在愛知県が日本一です。
温暖とはいっても冬の季節風は10℃以下、風に耐えて行う収穫作業はなかなか忍耐が要ります。農家の方々に感謝です。

ここまでのお話し

さて第1話~第2話でキャベツの結球性とは、「出現する個々の葉が葉位が高まるにつれて葉柄が短くなり、また幅広形状に発育し、その結果茎の周囲に幅広の葉身が密集した形態になり、前後の葉どうしが重なり合って物理的に“引っかかる”ことで葉身の湾曲が維持されたままその内側に新たに展開してくる葉を内部に抱え込んで進行していく」とする“結球引っかかり説”を提唱しました。

第3話ではキャベツとその祖先種である結球しないケールやハボタンとの雑種の子孫を観察した遺伝分析から、「葉の湾曲を持っているもの、葉のサイズが大きくかつ幅広の葉身を持っているもの、葉位が高まるにつれて葉柄が短くなり幅広の葉形に発育するものほど“うまく”結球する」とする“結球引っかかり説”を補強する証拠を示しました。

今回はいくつかのキャベツ品種を比較することで“結球引っかかり説”を更に検証してみたいと思います。例えばキャベツの品種間で結球するスピードに差があるのか。あるならどのような違いがあるのかといったことです。

ところでキャベツの品種って何でしょう?

日本におけるキャベツの品種育成の歴史

日本で盛んに行われているキャベツの品種育成の発端は幕末に遡ります。最初キャベツは開港地周辺の外国人居留地で導入、栽培されていたようです。明治初年に新政府の勧業事業として、欧米から多くの原種が導入されました。しかし低温乾燥地帯由来のキャベツで温暖湿潤な日本の気候に適した原種は殆どありませんでした。そこで、導入された原種どうしの雑種から日本の気候に合った固定種が育成されていきました。

キャベツ(固定種)の育成系統図(農業技術体系野菜編 第7巻より)

冷涼な岩手の気候に合った“南部甘藍”は、工藤惣太郎によって明治37年(1904年)に育成されました。愛知の野崎徳四郎は明治30年に複数の原種を導入し、それらを素材に温暖な愛知の気候に合った“野崎中生甘藍”や“野崎夏蒔甘藍”を生み出しました。
このような品種を第1次育成品種と言います。
これら第1次育成品種を元に第2次育成品種が育成されていきました。しかし戦争により品種育成は中断を余儀なくされました。

戦後新たに占領軍から多数の固定種が導入され、新品種育成に広く活かされました。そして禹長春や篠原捨喜らにより戦前から行われていた品種育成、採種技術の研究が発展し、昭和26年(1951年)ついに伊藤庄次郎らが世界初の商業販売可能なF1ハイブリッド品種(以下F1品種と表記)、“一号甘藍”を発表しました。

F1品種とは遠縁の2つの固定系統どうしを掛け合わせた雑種品種のことで、雑種強勢により従来の固定種より収量性や耐病性、環境耐性などが優れます。

写真はあるキャベツF1ハイブリッド品種の雑種強勢の例です。親系統P1とP2の雑種(P1×P2)は雑種強勢で大きく育ちます。

F1品種が強いのは雑種の犬や猫が強いのと同じ理由です。日本で育った技術はやがて世界に広がり、今日では世界中のほぼ全てのキャベツ品種がF1品種となっています。

日本でも各地に合うF1品種が次々に誕生し栽培が拡がっていきました。そして夏は耐暑性のある品種を高原で作る、冬は耐寒性のある品種を沿岸部で作るといったように、キャベツが生育できる気温に合わせて季節ごとに各地でよく育つ品種が育成され大産地が生まれたことで周年栽培が確立されていったのです。

周年栽培の確立に大きく貢献した品種特性に早晩性があります。例えば冒頭で触れた秋から春にかけてキャベツの出荷量が日本一となる愛知県では、半年間続くキャベツの連続出荷は、早生から晩生までの複数の品種の種を夏にまき、順々に収穫していくことで維持されています。早生品種は畑に植えてからおよそ2ヶ月で収穫できますが、晩生品種はおよそ6~7ヶ月収穫までかかります。

キャベツの周年栽培に重要な品種の早晩性

さて、その早晩性という品種間差ですが、実は“結球葉位”(本葉が出現した順に、1番目から第1葉位、第2葉位・・・と言い、結球した球の一番外側の葉の葉位を“結球葉位”と言います)が大きく関わっています。

写真は早晩性の異なる3F1品種(A、E、H)の結球葉位の差です。早生の品種Aは結球葉位が第23葉位と低く(外葉の枚数が少ない)、熟期の遅い品種ほど結球葉位が高い(外葉の枚数が多い)ことが分かります。

キャベツの品種間でこんなに結球葉位に差がある原因はなんでしょう。第3話までで結球性には葉の発育パターンが関係していることを説明してきました。もしかしたら結球葉位の差は葉の発育パターンの差かもしれません。

キャベツ品種間の結球スピードの差の原因をつきとめる

そこで下表に示した早晩性の異なる8F1品種(A~H)について、結球葉位と葉の発育パターンを比較してみることにしてみました。

L玉出荷重到達日数*というのはキャベツの標準的な収穫重である1250gに達した定植後日数を表します。キャベツの一般的な出荷規格は、8玉で10kgになるように箱詰めするので、1玉1250gとなります。結球葉位は最も早生で65日で収穫可能となった品種Aが第23葉位、最も晩生で収穫まで77日を要した品種Hが第37葉位と、14葉位もの差がありました。

2004年2月上旬にたねを蒔き、3月下旬に畑に植え付け、葉にマジックで何葉位目か数えられるようにして調査してみました。

表の中で最も早生の品種A、中間の品種E、最も晩生の品種Hの生育を写真で追ってみましょう。

4月22日の様子です。早生の品種Aの方が品種Eや品種Hよりもはじめから葉が大きいことが分かります。第5葉位 というように葉位をそろえて比較すると差がよく分かります。

5月20日の様子です。早生の品種Aは結球が始まったように見えます。一方中間の品種Eや晩生の品種Hはまだ結球が始まっていません。加えて晩生の品種Hは品種AやEより葉柄が長いことが分かります。

6月11日の様子です。品種Aは収穫サイズに達しました。結球葉位は第23葉位でした。一方品種EやHは結球が始まったばかりです。

6月25日の様子です。中間の品種Eが収穫サイズに達しました。結球葉位は第31葉位でした。品種Hはもう少し時間がかかりそうです。なお品種Hの結球葉位は第37葉位でした。

このように結球葉位の差が早晩性の差になっていたことが分かります。

では葉の発育パターンはどうだったでしょうか。

図に示したように結球性に重要な葉柄の発育パターンも品種間で大きく異なっていました。

最も低い葉位で結球した品種Aは第16葉位で葉柄が1cm未満となり、第18葉位で確認出来なくなりました。中間の品種Eは第22葉位、晩生の品種Hは第30葉位で確認できなくなりました。

このようにケールとの比較(第3話)で見つかった葉位が高まるにつれて葉柄が短くなるというキャベツ独自の葉の発育パターンは、キャベツの品種間でも大きく異なることが分かりました。

では結球葉位と葉柄の発育パターンとの関係はどうだったでしょうか。

図は結球葉位と葉柄の確認できなくなった葉位の関係を示す相関図です。
引かれた直線は回帰直線と言います。結球葉位が低い品種ほど葉柄の確認できなくなった葉位も低いというように、8 F1品種がだいたい引かれた直線に沿って散らばっていることが分かります。r=0.84**とは、0.84が相関係数と言って統計学的に2つの現象がどの程度深い関係かを示す値で、**はこの数字が統計学的に99%間違いないです、という証拠の印です。

このように8 F1品種の比較から、結球葉位と葉柄の確認できなくなった葉位には強い正の比例関係があることが確認できました。

以上のようにキャベツの品種間の比較から、より低い葉位で葉柄が短くなる品種ほど早く結球できるという、結球葉位と葉の発育パターンの深い関係が明らかとなりました。
この結果は、キャベツの結球性とは「出現する湾曲した個々の葉が、葉位が高まるにつれて葉柄が短い形状に発育し、その結果茎の周囲に幅広の葉身が密集した形態になり、前後の葉どうしが重なり合って物理的に“引っかかる”ことで葉身の湾曲が維持されたままその内側に新たに展開してくる葉を内部に抱え込んで進行していく」現象である、という“結球引っかかり説”とよくつじつまが合います。
キャベツの結球性の謎が解けてきました。

次回は結球葉位を人為的に変える挑戦のお話です。