♬キャベツ~なぜ巻くの?♪
第3話

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第3話;結球性の遺伝とは?

ロールキャベツ

ロールキャベツは、キャベツがおかずの主役に躍り出た傑出したレシピと言っても過言ではないでしょう。寒い日にあつあつのロールキャベツが食卓に並ぶとテーブルが華やぐこと間違い無しです。ベーコンで巻いて洋風仕立て、あるいはかんぴょうで巻いておでんの具として、時間が無ければキャベツと具材をただ重ねてミルフィーユ仕立てにしても、見映えの良い美味しい一品の完成です。
ちなみにロールキャベツの歴史は古く、15~16世紀頃にはヨーロッパ中で広まっていたようです。ちょうどキャベツの品種改良が本格的に始まった時代と重なるので、キャベツ栽培の普及とセットで広がっていったのかもしれません。
日本へも西欧からキャベツが本格導入された明治時代に、やはりセットで広まっていったようです。

さて、ロールキャベツを作るキャベツの葉っぱ、幅広で大きいので具材を包むのに好都合ですが、これはもしかしたら結球性のおかげかもしれません。第2話までで結球性には幅広で大きい葉が好都合であるという話をしてきました。つまりより結球するようにキャベツの品種改良を進めると、意図せず幅広で大きい葉の品種になってしまったのかもしれないからです。
どうして幅広で大きくないといけないのか。今回はその葉の形態と結球性とに関連があるのかという調査結果です。

メンデルの法則の復習

第1話で、メンデルによって1865年に遺伝の法則が発見され、3人の研究者によりその法則が再発見されたのが1900年という話をしました。メンデルの法則とは遺伝子の働きによって植物の色や形などが制御される法則性です。世の中の生物はその色や形など全ての性質や特徴が遺伝子によって子孫に伝わります。遺伝子は母方と父方から1つずつもらうので対になっています。よく血液型で、私はA型だけど遺伝子型はAO型で・・・なんていった具合です。
植物に話をもどすと、例えばエンドウのタネのしわの遺伝子にはしわ無し遺伝子AA(優性→最近は顕性と言います)としわあり遺伝子aa(劣性→同様に潜性と言います)があり、しわ無し個体(AA)と しわあり個体(aa)の雑種は遺伝子型がAaとなって、実ったタネはしわ無しとなります(aよりAが優性(顕性)のため→優性の法則)。更にそのしわ無し個体Aaを自殖(自分の雌しべに自分の花粉を受粉させること)させると、子孫はAa×Aaの後代となるので、しわの遺伝子はAA:Aa:aa=1:2:1の比率で現れ、遺伝子型がAA又はAaのしわ無し個体と、aaのしわあり個体が3:1で出現します。このような法則を分離の法則と言います。

メンデルの法則から結球性の遺伝分析へ

キャベツの結球性も当然遺伝子によって制御されています。結球するキャベツと結球しないケールの雑種を作って更にその個体を自殖させると、この分離の法則に従って結球する個体と結球しない個体が分離してくるでしょう。もし結球性が1つの遺伝子に支配されているなら、明確に結球個体と不結球個体に分離すると思われますが、複数の遺伝子が合わさることで維持されているなら、その個体が持っている結球遺伝子の数しだいで中間的な個体も出現してくると考えられます。また、ただ漠然と結球遺伝子と言っているものの実態が実は葉の湾曲だったり形だったり大きさだったり葉柄の長さを支配する遺伝子だった場合、結球性とこれらの形質の関係が明らかになってくるでしょう。そこでキャベツの結球性の実態に迫るため、遺伝分析を行ってみることにしました。ちょっと難しい話ですがお付き合いください。

キャベツ×ケール、キャベツ×ハボタンのF1雑種を作ってみる

結球するキャベツに対して祖先種のケール、あるいはケールから派生したより結球性の低いハボタンをそれぞれ交配して、F1雑種を作ってみました(‘F’は雑種世代を意味するfilialの略称で、F1はFirst filialで雑種第一代を意味します)。

まず材料に使ったキャベツ、ハボタン、ケールの上から眺めた写真をご覧ください。

結球するキャベツに対してハボタンは殆ど結球せず、ケールも葉が中心に小さく抱合しているのが観察される程度です(図A-C)。

キャベツ×ハボタンとキャベツ×ケールのF1雑種はどうでしょうか。

キャベツ×ハボタンF1雑種は中心に葉が抱合しているのが分かりますが、葉どうしが重なり合って頭が塞がるほどは結球できませんでした(図D)。

キャベツ×ケールF1雑種は一応結球しましたが葉どうしの重なりが弱く、やや尖った形状になりました(図E)。

キャベツ×ハボタン、キャベツ×ケールのどちらのF1雑種も中間的で、結球性と不結球性どちらが優性(顕性)というわけではなさそうです。

いよいよ遺伝分析

次に各F1雑種を自殖して子孫の種子(F2分離集団)を得ました。F2分離集団を観察することで、分離の法則によって結球性の遺伝様式を推定できることが期待されます。
次の写真はキャベツ×ハボタンのF2分離集団を育てた様子です。

キャベツ×ハボタンのF2分離集団は結球する/しないという2分された分離とならず、不完全な結球の中間的な個体が多く観察されました。

なおキャベツ×ケールも同様でした。

結球性の程度を結球度(より“うまく”結球する程度)という指標で評価し、頻度分布にしてみるとよく分かりました。

0:結球していない、1:中心部のみ小さく結球、2:弱く結球し球の頭が開いている、3:球の頭の重なりが不完全な結球、4:完全結球とし、それぞれの評点の中間的なものを0.5、1.5、2.5、3.5とする9段階で評価してみました(下の写真)。



各結球度の個体数をグラフにして頻度分布を見てみたのが次の図です。

キャベツ×ハボタンF2分離集団の結球度は連続的な山のような頻度分布となりました。

キャベツ×ケールF2分離集団の結球度も連続的な山のような頻度分布となりました。


これらのような頻度分布を統計学的には正規分布と言います。これは目的の形質が一つではなく複数の遺伝子に支配されていることを示唆しています。
今回はF2分離集団の解析に加えて、F3解析という方法で更に詳細に解析を進めてみましたが、この場では省略させていただきます。

解析の結果から、キャベツの結球性とは多数の遺伝子に支配される量的形質である、と言う結論が導き出されました。つまり、結球遺伝子という単純なものは無く、複数の遺伝子に支配された様々な形質の“集積”によって“結球する”という現象が引き起こされているということです。

結球遺伝子ってなに?

では、様々な形質とは何でしょうか。
第2話まででお話しした結球性との関係が疑わしい葉柄の長さや葉のサイズ、葉の湾曲の程度などについて、F2分離集団の各個体で生育のはじめから結球するまでを調査し、得られたデーターを主成分分析という手法でまとめ、結球度と相関の見られた主成分がどのような形質を意味しているのかを考察しました(下表)。

主成分分析とは統計学の手法の一つで、簡単に説明すると多数の変数(ここでは葉幅や葉長、葉柄長など)を少数の変数にまとめる方法です。例えばある一点の葉位の葉柄の長さを測って比較すると長いか短いかの比較になってしまいますが、複数の葉位を図って主成分分析でまとめると“葉位が進むにつれて徐々に短くなっていく”という変数を検出することができます。

表のPCはPrincipac Component(主成分)の略で、例えばPC2とは第2主成分を意味していて、結球度との相関係数が0.33となる有意な相関が見られた主成分でした という結果が示してあります。各形質の横の数字は因子負荷量という主成分分析から得られた値で、難解のためここでは説明を省略します。主成分分析をご存知の方は末尾に解説を載せておきますのでご参照ください。

表を要約すると、葉の湾曲を持っているもの、葉のサイズが大きくかつ幅広の葉身を持っているもの、葉位が高まるにつれて葉柄が短くなり幅広の葉形に発育するものほど結球度が高い という結論が導き出されました。

F2分離集団に見られた葉の湾曲の変異

結球度0の個体の葉-小さいのが分かります

結球度2の個体の葉-大きいですが縦長なのが分かります

結球度4の個体の葉-大きく幅広なのが分かります

より“うまく”結球するには湾曲した葉どうしがお互いに重なりあって引っかかりやすくなることが必要で、そのためには幅広で大きい葉身が葉柄が短くなって茎の周囲に密集した方が有利ということです。もし葉身が幅広でも葉柄が長ければ葉どうしが離れてしまい、重なり合いづらいでしょう。また葉身が縦長の形の場合、たとえ葉柄が短くなり茎の周囲に密集しても、1枚1枚の葉が相当大きくならない限り重なり合いづらいと考えられます。
結球遺伝子の実態がわかってきました。

次回はキャベツの中での比較によって“結球引っかかり説”を補強する証拠を探していきたいと思います。

(主成分分析の表の解説)

以下は主成分分析の表の結果と考察です。
細かい内容で専門用語が含まれております。ご興味のある方はお読み下さい。

キャベツ×ハボタンならびにキャベツ×ケール各F2集団について、葉に関わる発育形質を詳細に調査し、これら発育形質の主成分分析を行いました。調査項目は第10葉位から第30葉位まで5葉位ごとの葉幅、葉長、葉柄長、葉形指数(葉幅/葉長)と、葉の湾曲(各個体の結球度が定まった後、内側の葉から2cm以上離れた葉位の葉から低方向に3葉位分の葉を 葉長/葉の先端と付け根の最短距離 という値で算出)と全葉数(計測可能な定植後13日目の、葉長が5mm以上の葉の枚数)としました。さらに、主成分分析により抽出された各主成分における各個体の主成分得点と結球度との相関分析を行いました(表中の結球度に対する相関係数)。なお表には結球度と統計的に有意な相関のみられた主成分(PC)のみを示しました。

キャベツ×ハボタンでは4つのPCが結球度と有意な正の相関を示しました。因子負荷量から、PC2は、葉長の第15葉位を除き全葉位で葉長と葉柄長が負の方向に、葉幅と葉形指数が正の方向に大きいことに加えて、特に葉長、葉柄長、葉形指数が第10、15葉位に比べ第20葉位以降でより負あるいは正の方向へ大きくなる、葉柄が短くなり葉形が幅広になる発育パターンを説明すると考えられました。PC3は、低葉位では葉幅、葉形指数が負の方向へ大きく、全葉数は正の方向へ大きかったですが、葉位の高まりにつれて葉幅と葉長が正の方向へ大きくなり、葉柄長が負の方向へ大きくなる、葉身が大きくなり葉柄が短くなる発育パターンを説明すると考えられました。PC4は、主に葉の湾曲が正の方向へ大きい値を示し、加えて葉位の高まりにつれて葉長、葉柄長が負の方向へ大きく、葉形指数が正の方向へ大きくなる、葉柄が短くなり葉形が幅広になる発育パターンを説明すると考えられました。PC6は葉形指数、葉の湾曲、全葉数が大きい値を示しましたが明確な傾向は見いだせませんでした。なお、キャベツ×ハボタンのこれらPCの累積寄与率は36.3%でした。

キャベツ×ケールでは3主成分が結球度と有意な正の相関を示しました。PC2はキャベツ×ハボタンのPC2と同様、主に葉幅と葉形指数が全葉位を通じて正の方向に大きい値を示し、加えて葉長と葉柄長が葉位の高まりにつれて負の方向へ大きくなる、葉柄が短くなる発育パターンを説明すると考えられました。PC5は主に葉の湾曲の程度を示すとともに、葉幅、葉長、葉形指数が葉位の高まりにつれて正の方向へ大きくなる、葉身が大きくなる発育パターンが含まれていると考えられました。PC8は葉幅と、葉形指数の一部が大きい値を示しましたが、明確な傾向は見出せませんでした。なお、キャベツ×ケールのこれらPCの累積寄与率は32.5%でした。

以上の結果をもとに、“結球遺伝子”とはどのような形質を通じて結球性発現を行うのかを考察してみます。
主成分分析により抽出されたPC毎の各個体における得点と結球度とで有意な相関関係を示したPCには少なくとも3種類の葉の発育パターンが含まれていると考えられました。
すなわち第一に、最も高い相関を示したキャベツ×ハボタンのPC4とキャベツ×ケールのPC5は何れも葉の湾曲の因子負荷量の値が大きく、これらのPCは主に葉の湾曲を示しており、“結球遺伝子”の一つは葉の湾曲を支配していると考えられました。

第二に高い相関を示したキャベツ×ハボタンのPC2は、因子負荷量の葉位に伴う変動から、葉位の高まりにつれて葉柄が短くなり、幅広の葉形に発育する葉の発育パターンを示しており、“結球遺伝子”のもう一つは葉位の高まりにつれて葉柄が短くなる発育パターンを支配していると考えられました。

第三に、キャベツ×ハボタンにおけるPC3は葉位の高まりにつれて葉幅と葉長が正の方向へ大きくなり、葉柄長が負の方向へ大きくなる発育パターンを示しました。また、キャベツ×ケールにおけるPC2は葉柄が短く葉形指数が大きい、すなわち幅広の葉形であることを示していましたが、葉幅の因子負荷量が特に大きい結果でした。すなわち、これらのPCから、さらなる“結球遺伝子”は葉身を特に葉幅方向に大きくし、葉柄を短くするという形態形成を支配していると考えられました。

以上を要約すると、“結球遺伝子”とは少なくとも葉の湾曲を支配する遺伝因子、葉位の高まりにつれて葉柄が短くなる発育パターンを支配する遺伝因子、ならびに葉幅や葉長のサイズを支配し葉身を幅広に大きくする遺伝因子の3つに分けて考えることができます。すなわち結球性は、単一遺伝子の突然変異により獲得された形質では無く、複数の遺伝変異の集積により獲得された形質であると考えられ、結球性は量的形質であるという結論になります。