パンジー・ビオラの今昔
はじめに
私たちの知るパンジーとビオラは日本に咲くスミレと同じスミレ科スミレ属の草花です。しかしどちらも時としてスミレと呼ばれ混同されがちです。パンジーが誕生した場所と歴史を語る上ではこれらをいったん区別しておかなければなりません。ここでは便宜的にパンジーとビオラを“西洋スミレ”、日本のスミレを“和スミレ”とでもしておきましょう。
さて西洋スミレはいつどこで生まれたのでしょうか。その生い立ちと歴史は比較的記録が残されており、一般によく知られています。今回はその概略を現在私たちの身近にある最新の品種も含めてご紹介しましょう。
始まりは雑草から
始まりはヨーロッパ各地に生える小さな雑草の一つでした。1753年に植物学者リンネによってビオラ・トリコロール(Viola tricolor)という学名が与えられましたが、しかし1~2cmにも満たない花ながらその可憐さからかハートイーズ(心の安らぎ)などと呼ばれ親しまれていました。
Bilder ur Nordens Flora by C.M.K. リンドマン(1856-1928)
伝説も数多くあります。ここでその中の2つをご紹介しましょう。
【恋の矢で傷ついた花】
恋の神キューピッドが、いたずら心から月の女神ディアナに恋の矢を射かけました。しかしディアナの威光で矢はそれてしまい、西の国の丘に生えていた白いスミレに当たりました。スミレは恋の矢で傷ついた花びらが紫に染まり、パンジーになりました。
【キューピッドの顔】
別の伝説では、春の野にキューピッドが降り立った時、雑草の中に名も知れぬ花がつつましく咲いていました。よく見ると小さいながらも美しく可憐で、色も香りも優しい花です。キューピッドは「地上にこれほど美しい花があるとは!」と、とても気に入り、その花にささやきかけます。「私の面影をお前の顔に写してあげよう、だから、これからますます美しく気高く咲いて、この世に愛と希望を広めなさい。」キューピッドは花にそっと口づけをしました。以来キューピッドの面影を写すようになった花こそ、パンジーなのです。
(いずれも秦寛博編「花の神話」(新紀元社)より)
ちなみにパンジーという言葉は「考え・思考」の意味のフランス語のpensé(パンセ)に由来しており、その花姿が考えにふける人の顔を連想して名付けたものと思われます。
さてパンジーの歴史は1813年頃イギリスの退役軍人のガンビアー卿が自身の庭にこのハートイーズを植えさせたことに始まります。ガンビアー卿は、庭師のトンプソンに集めたハートイーズの改良を命じます。長年の改良の結果、一つの発見を見出し、ブロッチと呼ばれる黒い斑のある個体を見つけマドラと名付けました。のちのトンプソンは「ハートイーズの父」とか「パンジーの父」とか呼ばれるようになります。
パンジーブームの時代
やがてこれらが【ショーパンジー】(Show Panzy)と呼ばれイギリス中に広まってゆきます。1841年にはパンジー協会が設立されるほどブームがやってきます。一方でマリー・ベンネット夫人とその庭師のウィリアム・リチャードソンもハートイーズを集めて改良を始めていました。1812年にオランダから持ち込まれた大輪の濃いブルーとこれらを掛け合わせたのでしょうか?数々の変異種を生み出し発表していきます。
こうしてこれらの富裕層の庭から何種かのビオラの仲間を掛け合わせることによって新しい園芸種が生まれつつありました。このパンジーブームはイギリスだけではとどまりません。やがて海を渡ってオランダやベルギーにもたらされ、さらなる改良が加えられます。
ただ、イギリスでは富裕層の中で厳格な規格が決められてしまい、その改良の方向は花色花形に特化させてしまいます。株や茎に注目があてられることがなかったため、貧弱な株でも棒で支えられてもOKみたいな展示物(ショーパンジー)ばかりになってしまいます。しかもそのコピーを継続するために挿し木繁殖に頼るようになってしまいます。
‘Pansies Violas & Violetta’ by William Cuthbertson History
しかしオランダやベルギーに渡ったショーパンジーにはそんな制約は全くありません。自由な雰囲気や新しい原種がかけ合わされ、豊富な花色や自立する立派な草姿となって大陸に更なるブームをもたらします。その結果、より大きな花径、豪華で華美な花色が求められました。色が微妙にまじりあっても、花弁が波打ってもお構いなしでした。
ベルギーの王宮で庭師をしていたマッキントッシュにより生まれた品種はベルギアンパンジーと呼ばれました。これらはフランスからイギリスに里帰りしたジョン・サルターによって再びイギリスにもたらされます。
貴族や富裕層にとっては派手で見るに堪えない規格外の代物でしたが、花をめでる多くの外野の人々からは歓迎されます。またフランスからは同様な形でフレンチパンジーと呼ばれるものも導入されますが、これらの総称として【ファンシーパンジー】(Fansy Pansy)という呼び名が一般的になったようです。
1863年ころになるとイギリスの原種ビオラ・トリカラー(トリコロール)が中心だった改良に積極的にビオラ・ルテアやビオラ・コルヌタ、ビオラ・アルタイカなどが使われます。その結果、横に這うほふく性や節間の短い頑丈な草姿や花付の多さなど今の西洋スミレに備わっている性質を次々と獲得していきます。
ビオラの広がり
今私たちがビオラと呼んでいる花径の小さなグループは上記の西洋スミレの進化の途中から参画し、別の進化を始めます。当時からタフテッド・パンジーとかべディング・ビオラと呼ばれていたビオラ・コルヌタからスタートします。ビオラ・コルヌタにビオラ・ルテアやビオラ・ストリシア、ビオラ・アモエナなどが掛け合わされることでよりブッシュで小輪の花が密集して咲く性質を獲得します。
そのため、ヨーロッパでは原種名とは別にピオラのことをパンジーと分けて語るときにあえて【ビオラ・コルヌタ】と呼んでいましたし、“タフテッドパンジー”(Tufted pansy)とか、“ベッディングビオラ”(Bedding viola;花壇用ビオラ)と呼んで分けることもあります。
(岩佐吉純 カタログオブカタログより)
この後も西洋スミレの進化は止まらず英国では相変わらず挿し木繁殖、ヨーロッパでは種子繁殖で品種が確立していきます。
そんな中、花色別に分けられた品種群がトリマルドー氏によって発表され花壇を彩ります。また、ブロッチの品種が進化してブニョー氏やカシエ氏によって次々と発表されます。極めつけがスイスのログリー氏よって発表されたスイスジャイアント系です。
ログリー氏はアルプスの美しい風景に囲まれた、パンジーの改良には適した地で一人コツコツと花色を固定、進化させる作業を続けていました。以後3人のご子息も加わり、麗しき地元の女性たちの力も手伝って、世界に名だたる色別品種として確立していきます。そのためか、そこから見える景色の霊峰や湖の名前が一つひとつ与えられることになりました。
ログリーカタログ
1912年青色のブロッチ品種【レイクオブツン(ツンネルゼー)】をはじめ、1919年には赤色のブロッチ品種【アルペングリュー(アルペングロー)】、その後完全に黄色1色の品種【メンヒ(コロネーションゴールド)】、黄色のブロッチ品種【アイガー(ラインゴールド)】、白色の単色【ユングフラウ(モンブラン)】など今あるパンジーのほとんどのベースとなる花色を品種ごとに発表します。
抜群に揃いの良い品質はこれより50年間花壇苗の雄として世界中で愛され、今もってアマチュアの皆さんの手に届く品種として流通しています。ただ残念なことに現在の優秀なF1品種の前では秋咲性に劣っていて、やや伸びやすい草姿や開花期の短さなどで秋から冬の暖かいエリアでは劣勢を認めざるを得ません。
ところでパンジー・ビオラがヨーロッパの原種から作られた西洋スミレと話しましたが、わが国にもたくさんの種類がある和スミレとは交配はできないのでしょうか?
その答えはノーです。残念ながら今のところ西洋スミレ(≒パンジー、ビオラ)と和スミレの交配はできないとされています。この辺りの事情はまた別の機会に譲りましょう。
F1品種の登場
第2次世界大戦前も各社の育種は止まりませんでしたが、戦後多くの品種やその素材を失った我が国から画期的な品種が発表されます。1966年これまでの固定種(タネを繰り返し採ればほぼ同じものが再現できる)に代わってF1品種が誕生したのです。このことは西洋スミレ(ことにパンジー)にとってのセンセーションな出来事であるとともに、世界中がF1品種育成の波に乗ることになります。その波は特に日本において活発化し、一時期は日本が世界に向けてF1種子供給の基地となりました。
F1化のメリットはこれまで春の花であったパンジーが安定して秋から冬にかけて咲くようになり、栽培が容易になったことでより誰でも楽しむことができるようになりました。また、ビオラにおいても日本のメーカーが世界に先駆けてF1品種を発表したことによりパンジーと同じように冬の花壇を彩るようになります。また別々の進化を遂げてきたパンジーとビオラが容易に交配できることから花の大きさや花色を増やす競争が激化し始めます。
トーホクのパンジー・ビオラ
そんな中1987年、弊社株式会社トーホクにおいてもパンジーのF1品種の量産を開始します。最初は大輪パンジーの【さくらさくら】と【マリアミックス】から始まります。現在絵袋で大変好評です。
また弊社ではタネから栽培するアマチュアの皆さんに向けて、より珍しい品種をお手軽に楽しんでいただくために数々の変わり色をご用意しております。中でも【花まつり】は営利農家さんたちに供給している品種をセレクトしてミックスでご提供しています。きっとお気に入りの品種を見つけていただけると確信しております。
また最新の2品種をお知らせいたします。
一つは【子ねこミックス】です。それは子ねこたちが戯れているかのように、パンジーの目印であるブロッチ(黒い斑)がなく、まるで猫のひげように見えるストライプがかわいくなんだか鳴き声が聞こえてくるような魅力にあふれています。
もう一つは【乙女心】です。つぼみから咲き始めの色が時間の経過とともに着色して、1株なのにまるで数株植えたように咲き誇ってくれます。1袋にタイプが違う3品種がミックスで入っていますので全部咲かせるとそれはそれは賑やかになります。
咲き始め →→→→→→→→→→→→→→→→→→3日後
サイズはビオラより少々大きめの花径ですが、花数の多さや連続して咲くさまはパンジーにはない頼もしさがあります。
タネまきから育てるのが難しいとお考えの方はぜひポット苗でお求めください。有名ホームセンターや園芸店できっと見つかることでしょう。
おわりに
210年余の年月をかけて様々な色や形に変化してきたほんの小さな「ののはな」が、たくましくも私たちの庭や窓辺に潤いやハートイーズをこれからも与え続けてくれることでしょう。(園芸部 草花担当W)